ヴィクトリア時代の不気味な写真

ハロウィーンにちなんだ話題を。私のように古写真ばかり画像検索するのを趣味にしていると、どこかで必然的にヴィクトリア時代の不気味な写真に遭遇します。不気味にもいろいろカテゴリーがあり、まずは「spirit photography」と呼ばれるいわば心霊写真のたぐい。1860年代ニューヨークで宝石店を営んでいたで William H. Mumler なる人物が、自身のポートレートを撮影したところ、死んだ従兄弟が後ろに写っていたのをきっかけに、2重露出の技法を発見。これにビジネスチャンスを見た Mumler は宝石店を閉じ、写真スタジオを開店。折しもアメリカでは南北戦争で親族を失った人が大勢いる最中、彼の心霊写真は話題を呼びました。彼の作品の中には、リンカーン大統領夫人のポートレートの後ろにリンカーンの亡霊が写っているという有名なものもあります。その後 Mumler は詐欺罪で訴えられ一文無しとなりましたが、こうして写真家としても詐欺師としても後世に名を残すことになりました。いつの時代にも自称、降霊術者と、その信者達はいるもので、Mumlerの他にも多くの心霊写真家が多くの怪しい作品を残しました。 spirit1 spirit2 spirit3 この時代の心霊写真よりもっと怖いのが「mourning portraits」です。mourning は哀悼という意味。18世紀まで西洋では家族や愛する人が死ぬと肖像画を画家に依頼して描いてもらう風習がありましたが、19世紀に入りカメラが普及すると、その風習は写真に代わりました。現代と違って医学が発達していない19世紀において、死はもっと身近にあったことでしょう。絵画を依頼するより安いといえども、写真もまだ高価だった時代、特に赤子や子供の哀悼写真はその子の最初で最後の写真である場合がほとんどでした。哀悼写真はお棺の中の顔を撮影することもありましたが、たいがい子供も大人もきちんと服と化粧をつけ、あたかも生きているかのようなポーズをとり撮影されました。生存者の家族が一緒に撮影されることもよくありました。中にははっとするほど美しいものもありますが、死んだ妹と並んで座っている少女のものや、老夫婦の写真においてはどちらが死人なのか分からないものもあり、背筋がぞくっとします。 mourning7 mourning6 mourning5 mourning4 mourning3 mourning2 mourning1 写真というツールは他にもたくさんの表現方法を可能にしました。どう考えてもおふざけとしか思えないものの中に、「首なし写真」のシリーズがあります。多数の「首なし写真」が残っているので、この合成写真はずいぶん流行したのでしょうか。手に自分の首を抱えている婦人、杖の先に自分の首がつきささっている青年、いくつもの自分の首を空中ジャグリングしている男など。昔の人も冗談好きだったと気付くとこの時代がなんだかぐっと身近に感じます。 head2 head1head4head3 他には「動物の頭」シリーズ」もあります。黒猫の頭をつけた母娘、大きな像の頭をつけた紳士、リスの頭のつけた少年達など。

animals1animals2animals3 「骸骨シリーズ」もあります。骸骨とソファに座っている裸婦、骸骨と自転車に乗っている男など、ダークでユーモアたっぷりのものがたくさん残っています。 skull2skull1skull3 次は「Freak Showシリーズ」。「Freak Show」とは「見世物小屋」のことで、生まれもって身体に異常のある人や珍獣などを娯楽のために見せ物にした商売のこと。見世物小屋は西洋では16世紀ごろからあったようですが、19世紀中期のヴィクトリア時代にイギリスやアメリカで最盛期を迎え、サーカスやタウンフェアと供に全国をツアーして大きな商売となっていました。アメリカで見世物小屋の経営で財を成したP. T. Barnumという人物がいます。見せ物の演目は、「猿魚」と名付けられた、魚の尾をつけた偽の珍獣や、Tom Thumbという小人(この人は一躍有名になり、ヨーロッパツアーではヴィクトリア女王にもお披露目されたという逸話があります)、身長227cmの女 Anna Swanなどでした。19世紀の終わり頃には、身体障害者を見せ物にするのは、非人権的とされ「Freak Show」の最盛期は次第に終わりを迎えました。Tom Thumbをはじめ見世物小屋の舞台に立った多くの人の写真が残っています。 freak1 ffreak5freak4 freak3 freak2 その他にも、この時代の写真の中には、魔女や古代エジプト人といった様々な仮装をしたポートレート写真や、一体誰が何の目的で撮ったのか皆目想像できないような不可思議な物もたくさんあります。 costume2 costume1 costume3costume6costume5costume4 考えてみれば、ハロウィーンとはずいぶん奇妙な行事です。ハロウィーンの語源は、カトリック教会で11月1日に祝われる「諸聖人の日」All Hallow’s Dayの前晩にあたるAll Hallows’ Eveningが、次第に転訛して「halloween」なったようです。「Hallow」は聖人や霊のことで、All Hallow’s Dayはキリスト教で死者の霊がよみがえるとされる、日本でいうお盆のような行事です。もともとはケルト民族が、ちょうど秋分と冬至の中間にあたる日に、祝う「Samhain」という祭りが後にキリスト教の行事と化していったようです。「Samhain」には冬の始まりであるこの日に出てくるとされる、死んだ親族の霊や精霊から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚く風習がありました。カボチャをくりぬいてランタンにするのも、もともとはケルト人がカブで作っていたそうです。おもしろいですね。 ヴィクトリア時代の人の仮装を見ていたら、がぜんハロウィーン意欲が湧いてきました。Happy Halloween!

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